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福岡高等裁判所那覇支部 昭和58年(ラ)11号 決定

抗告人

甲野花子

抗告人

乙山梅子

被相続人

丙川千代

(昭和五七年一〇月一一日死亡)

主文

原審判を取り消す。

抗告人らのした本件各相続放棄の申述を受理する。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由〈省略〉

二当裁判所の判断

1  本件記録及び当裁判所に顕著な当庁昭和五八年(ラ)第一二号事件記録によれば、(1) 抗告人花子は被相続人千代とその夫亡三郎(昭和一九年九月に死亡)間の長女、抗告人梅子はその間の二女であり、千代が昭和五七年一〇月一一日死亡したことに伴い、長男丙川一郎とともにその共同相続人となつたものであるが、抗告人らは千代死亡の事実をその死亡当日に知つたこと、(2) 一郎は昭和三九年ころから丙川機械工業所の商号で製材のこぎりの製造販売業に従事していたところ、昭和四七年ころから次第にその業績が悪化し、取引先の倒産等の影響もあつて多額の負債を抱えるようになつたため、一郎と同居している千代がこれを見兼ねてその所有にかかる土地八筆を処分して一郎のため右負債の整理を図ることとし、昭和五五年中に右土地を三〇九五万円余で他に譲渡し、一郎においてその代金を前記負債の弁済等に充てたが、右の土地譲渡に伴う所得税六二〇万円余について千代が滞納し、同人は右国税債務のほかはなんらの積極財産も残すことなく前記のとおり死亡するに至つたこと、(3) 抗告人花子は昭和二三年三月、抗告人梅子は昭和三七年五月それぞれ婚姻し、それ以来千代の存命中、同人及び一郎とは独立した別所帯で生活しており、千代による前記土地処分の経緯及びこれに伴う前記国税滞納の事情についてはなんら知らされておらず、千代の死亡に際しても、共同相続人間でその遺産について話し合われたようなことはなく、八六歳の高齢で死亡した同人については相続すべき積極財産はおろか、消極財産も全く存在しないものと信じて疑わなかつたし、一郎から前記相続債務の処理等について相談を持ち掛けられたようなことも全くなかつたこと、(4) したがつて、抗告人らは千代の相続開始後三か月以内にあえてその相続財産の存否、内容等について調査考慮をしたり、ましてそれがために家庭裁判所に対し熟慮期間の伸長を請求したりするような挙に出ることは思いもよらずに右期間を経過したところ、昭和五八年三月六日すぎころ、沖縄国税事務所長から、千代の納付すべき前記国税債務につき抗告人らが法定相続分に応じてその納付義務を承継した旨の通知を受けて驚き、右債務を免れるべく同月三一日原裁判所に対しそれぞれ相続放棄の申述書を提出したものであることが認められる。

2  ところで、民法九一五条一項に定める熟慮期間三か月の起算点となる「自己のために相続の開始があつたことを知つた時」とは、被相続人が死亡し相続が開始されたことを知り、かつ、自己がその相続について相続人となつたことを知つた時をいうものと解すべきであるが、相続開始後右の三か月を経過した場合においても、相続人が、相続財産が全く存在しないものと信じ、かつ、そのように信ずるについてやむをえない事情があり、またそのような事情のため右三か月の期間につきその伸長の申立をする機会も失したような特段の事由があるときには、例外的に、相続人が相続財産の存在を知つた時をもつて前記起算点と定めるのが相当である。

そこで、前記認定の事実関係に基づき、これを本件についてみるに、抗告人らは、被相続人千代の死亡当日、これによる相続開始の事実及び自己がその相続について相続人となつた事実を知つたものといわざるをえないけれども、他方において、前記認定の事実に徴すると、抗告人らについては、前記説示のごとき特段の事由が存在するものと認めるのが相当であるから、抗告人らの前記熟慮期間の起算点は、いずれも千代の相続債務の存在を知つた昭和五八年三月六日すぎころであるといわなければならない。

3  してみれば、抗告人らのした本件各相続放棄の申述は法定の期間内になされたものというべく、右判断と異なる原審判は不当であつて本件各抗告は理由があるから、これを取り消すこととし、前記認定事実及び本件記録によると、被相続人千代の相続を放棄する旨の抗告人らの意思表示はその真意に出たものと認められるので、家事審判規則一九条二項に従い、当審において右各申述を受理するのを相当と認め、主文のとおり決定する。

(惣脇春雄 比嘉輝夫 篠原勝美)

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